2016/06/14

【ヤマハとカワイの関係・歴史】日本の二大ピアノメーカーは実は世界トップなんです!

ヤマハとカワイ

 

少し音楽をかじった方だとスタインウェイやベヒシュタインくらいは聞いたことは有るかもしれませんが、日本でピアノといえば「ヤマハ」「カワイ」の2社くらいしかメーカーを知らない方が多いですよね。それもそのはず。

実は、現在の世界のピアノメーカーのナンバーワン、ツーはヤマハとカワイだったんです。
日本のピアノは「価格が安い割に仕事が丁寧で、質が高い」と世界中でも評判で、販売台数をのばしています。

1900年代にはピアノメーカーがなんと1000社以上もありました。その中でも急成長を遂げた日本2つのピアノブランド。

今回は世界に誇る日本のトップピアノブランド、「ヤマハ」と「カワイ」の歴史を紹介します。

ヤマハ(YAMAHA)

yamaha_logo

会社名 ヤマハ株式会社
住所 〒430-8650
静岡県浜松市 中区中沢町10-1
ホームページ http://jp.yamaha.com/
創業 1889年
創業者  山葉寅楠
取り扱いブランド Yamaha、Everett、Bösendorfer

日本でピアノといえば、ヤマハ(YAMAHA)を知らない人は居ないくらいの有名メーカー。
国内だけではなく、世界最大の楽器製造メーカーで、世界中で人気があります。

ヤマハ創業者の山葉寅楠

ヤマハ創業者の山葉寅楠

創業者は山葉寅楠(やまは とらくす)。寅楠は17歳の時に長崎で時計技師としてイギリス人から時計制作方を学んだ後、その後浜松で機械技師として就職。
1887年に地元の学校からアメリカ製のリードオルガンの修理を頼まれた事がきっかけとなる。この楽器の構造に驚いた寅楠はオルガンを自分の手で作ろうと決意し、1889年に山葉風琴製造所を設立。

山葉風琴製造所は2年後に解散したが、1891年に山葉楽器製造所を設立。
1897年には資本金10万円で株式会社化、その後日本楽器製造株式会社に社名変更し、寅楠が社長に就任。
この頃、国もピアノ製作へ関心を寄せるようになったことで、日本からの助成金で文部省の使節として渡米し、アメリカのピアノ制作会社を視察。

そして1900年に国産第一号のアップライトピアノを製作、1902年にはグランドピアノの製造も開始。

浜松で広大な工場を持ち、1907年には年間600台のピアノと8000台のリードオルガン、13000丁のヴァイオリンを生産する巨大楽器製造メーカーになりました。
1916年に創業者の山葉寅楠が無くなったが、その頃にはピアノ製造の技術を讃えられ、数々の賞を受賞、自社製のアクションを製作するようになり、ピアノメーカーとしての圧倒的な地位を築きあげました。

戦時中は飛行機部品の製作を行っていたが、戦後1947年から楽器製造を再開し、以降急激に成長をとげました。
1954年にはヤマハ独自の音楽教室を展開、1960年にはアメリカへ楽器を輸出するほどに成長。

1987年に創業100周年を記念して社名を日本楽器からヤマハ株式会社へ変更。
そして現在、ヤマハは国内のみならず世界最大の楽器制作会社となり、年間約13万台のピアノを生産しています。

近年は中国の低価格メーカーが台頭しているため、ヤマハも中国生産に力を入れており価格競争にも対抗。
ヨーロッパ向けにインドネシア工場で製造していた低価格帯ピアノを日本国内に投入することもあります。

一方、最高級機のCFXやSシリーズなどの高価格帯にも力を入れ、音色やタッチにこだわったヨーロッパの一流メーカーにも対抗。

2008年にはウィーンの有名ピアノメーカー「ヴェーゼンドルファー」を買収して傘下に収めました。

カワイ(KAWAI)

kawai_logo

会社名 株式会社河合楽器製作所
住所 〒430-8665
静岡県浜松市中区寺島町200番地
ホームページ http://www.kawai.co.jp/
創業 1927年
創業者  河合小市
取り扱いブランド Kawai、Diapason、Schiedmayer、Boston、Schulz & Sons

 

河合楽器の創業者 河合小市

河合楽器の創業者 河合小市

河合楽器(カワイ・KAWAI)はヤマハについで世界で二番目に大きなピアノメーカーです。

カワイ創立者の河合小市(かわい こいち)は12歳の時にヤマハ創設者の山葉寅楠の元で働いていました。ヤマハが国産第一号のピアノを作り上げた時にヤマハに居たのです。

その後1927年にヤマハから独立して、自身の会社「河合楽器研究所」を設立しました。

カワイの最初のピアノは64鍵のアップライトピアノで、販売価格は350円でした。
そしてその一年後、カワイ初のグランドピアノを製作。

カワイの創設期は優秀な職人もおらず、材料も不足しており、さらには販売網もまだまだ確立していなかったため、軌道に乗せるまでは非常に大変だったそうです。

年間250台だった生産高が1000台までに増大。第2次世界大戦で工場は完全に破壊されてしまい、甚大な被害を受けました。学校のカリキュラムに音楽が組み込まれたことなど時代の追い風も重なり、工場は無事再設立。1949年にはアップライトピアノとグランドピアノの生産が再開。

1951年に株式会社へ改組し、今と同じ「株式会社河合楽器製作所」となりました。

1953年にはピアノの生産高が年間1500台を突破、従業員数も500人に。

カワイの多大な功績を讃えられ、河合小市は天皇陛下より藍綬褒章を受賞。このような栄誉ある賞の受賞は、小市が楽器産業界では初だったそうです。

1955年に創業者の小市がなくなると、息子の河合滋があとを継ぎ、生産工場の近代化を導入。1956年にはカワイ音楽教室を創設し、楽器の生産だけではなく音楽教育事業によるユーザー層拡大に取り組みを開始。また、業界に先駆けてピアノの割賦販売を打ち出すなど、販路拡大・日本の音楽普及に貢献。

1960年代にはカワイは約2000人の訪問セールス員を雇い、カワイ音楽教室の生徒数はのべ30万人となった。

1963年にはカワイアメリカコーポレーションを設立、続いてカワイヨーロッパ、カワイカナダ、カワイオーストラリア、カワイアジアと海外拠点を相次いで設立。

1980年には1日に60台ものグランドピアノを生産できる9038坪の巨大なピアノ製造工場を建設。

1989年には3代目の河合弘隆が社長に就任。ピアノの製造工程にロボット等の技術を導入。生産拠点を日本国外のアメリカやマレーシアに設立。

日本で初めて独自のアクションを制作したピアノ会社ですが、現在はより丈夫で安定したアクション部品の素材を追求し、他社に先駆けてABS樹脂製のアクション部品等を導入し、非常に挑戦的なピアノ作りを続けているピアノ会社です。

日本の楽器メーカーが浜松に集結。浜松市は日本の楽器のシリコンバレー?

ご存知の通り、日本の二大ピアノメーカーのヤマハもカワイもどちらも静岡県浜松市にあります。
これは、先ほど歴史でも紹介したとおり、カワイ創業者の河合小市がヤマハで修行していたから。ヤマハとカワイがここまで世界で有名になれたのも、お互いがお互いを刺激しあい、切磋琢磨して成長してきたから。

ヤマハとカワイ、どちらが欠けてもこの二社の現在の地位は無かったでしょう。

更に、電子ピアノやシンセサイザ・電子ドラム等の電子楽器でお馴染みのローランド(Roland)社も創業は大阪でしたが、現在は本社は移転して静岡県浜松市に。

エレキギターやベースのエフェクターとして評価のの高いBOSS(ボス)の本社も浜松市です。

ハーモニカやリコーダー、オルガンなどの教育楽器に強い鈴木楽器製作所も浜松市。

ピアノや音楽に関係する日本の有名なそうそうたる企業がみんな浜松に集結しているのです。楽器をする人にとっては浜松はある意味メッカのような存在です。

アメリカのIT企業がサンフランシスコにあつまりシリコンバレーと呼ばれるように、日本の音楽産業は浜松に集結しているのです。

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